近江八景は、江戸時代における日本の代表的な名所のひとつでした。
このように、現代の方々に説明しても、近江八景について具体的なイメージを想い浮かべることができない方や、実際に訪れて、いわゆる現代の観光地とのギャップを感じられた方は少なくないと思います。
現代人の我々にとっての観光地とは、基本的に現場主義です。現地に到着し、今まさに身を置いている自分が重要であり、その自分が景色を遊覧・撮影し、さらに観光施設で娯楽をする。それらの体験・行為が目的といえるでしょう。しかし、江戸時代以前の名所に対する人々の考えは必ずしもそのようなスタイルばかりではなかったといえます。そもそも「などころ」である名所には、必ずその土地を詠んだ和歌があり、それに俳句や漢詩文が加わるケースもあれば、さらに、詩のイメージを描いた絵画作品や土地の伝承などが名所の情報としてセットになっていました。それらは、先人が築いたイメージの世界といえます。人々はまずそのイメージの世界に遊び、その詩心や織り込まれた四季の情趣を味わう。しかるのち、チャンスがあれば当地に赴き、本人もそのイメージを共有する。それが、昔の人々が実践した、名所を何倍も 楽しむ方法でした。ずいぶんと間接的で、予習の手間がかかる楽しみ方といえます。逆に言えば、文化的教養という予備知識は、実際に訪れた当地の季節・天候その他のギャップをカバーしてくれたとも思われるのですが‥。
それはともかく、近江八景が、急速に往時の姿を失ってしまった背景のひとつには、名所を楽しむ文化的背景が失われるとともに、名所を憧憬する価値観も並行して失われていった現象があると思われます。
かつて、湖国を代表する名所として多くの作品に描かれた近江八景。本展では、自然と文学をこよなく愛した日本人の伝統的な趣向を物語る収蔵品の数々を、これまであまり展示される機会のなかった作品を中心に展示いたします。この機会に改めて、描かれた近江八景の世界に遊び、先人のイメージと情趣で名所を味わってみてはいかがでしょうか。かつての日本人がいかに近江八景を愛していたか、珍しい作品や、バリエーションに富んだ描かれ方をした作品がそれを物語ってくれます。
■主な展示作品■
◇ 近江八景−和歌と大和絵(やまとえ)−◇
◆近江八景図巻 土佐光成 1巻 個人蔵
◆近江八景図 土佐慶琢 8枚
◆近江八景図巻 藤井重好 1巻
◆近江八景図巻 吉田元陳 1巻
◇雅(みやび)な大和絵の近江八景◇
◆近江八景全図石山より見る 三代歌川広重 1点
◆近江八景図 粟田口慶羽 3幅対
◆紫式部観月図 渡辺省亭 1幅 石山寺蔵
◆紫式部観月図 高橋広湖 1幅 石山寺蔵
◇版画の近江八景◇
◆近江八景図 二代鳥居清満 1枚
◆東海道近江八景一覧之図 橋本貞秀 1点
◆近江八景図
狩野常信印 1幅